20190913 熊井泰明

 

「しつけ」という名の暴力

 

 

 

 もう昔の話ですが、米国で東洋人の赤ちゃんが診察を受けた時、親が虐待を疑われて警察沙汰になった、という話があります。なぜか分かりますか?蒙古斑です。東洋人の赤ちゃんにはお尻に青いあざがあります。成長と共に消えるのですが、そういう知識のない医師(昔の米国の田舎では普通でした)これが虐待の跡と間違えられ、警察に通報されたのです。

 

 私が米国赴任したとき、家族帯同であったことから次のような注意を受けました。どんな理由にせよ、車のなかに子供だけを置いて離れたら、育児放棄という虐待と判断されて、最悪の場合、問答無用で現行犯逮捕されます。駐車場で子供だけが乗った車があれば、即パトカーが駆けつけます。

 

 そんなことを思い出したのは、最近相次ぐ子供の虐待です。虐待した親が口にする言葉は「しつけのため」です。これは弁護士の入れ知恵だと思うので、少し説明しておきます。民法820条に「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う」とあり、822条には「第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる」とあります。つまり、拡大解釈すれば、親が子供の利益のためと判断すればしつけと称して「懲戒」することが可能と解釈することが出来ます。これが虐待を行った親の口実として使われている気がしてなりません。

 

 そうした理解が広がったためでしょうか、親の体罰を禁止する改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が今年619日に成立しました。注目すべきは、同時に嫡出推定の見直しが諮問されたことです。嫡出推定とは、女性が婚姻中に妊娠した子は夫の子、離婚後300日以内に出産した子は元夫の子と推定するなどの規定です。女性が夫と別居中、または離婚直後に別の男性との間の子を産むと、戸籍に夫や元夫の子と記載され、現行法では夫や元夫しか、自分の子どもではないとの嫡出否認の訴えを起こせません。そこで、母親や子も申し立てることができるよう拡大する案が出ています。

 

もちろん保守派は反対です。懲戒権については、例えば産経新聞の社説は「懲戒権の廃止は、しつけの禁止と誤解されかねない。(中略)しつけを放棄すれば、子供はまっとうな成長を望めない」(201963日「主張」体罰禁止法案、「懲戒権」の廃止は慎重に)というような形で、体罰は必要である、とする考え方とセットで主張されていることもお伝えしておきましょう。

 

かつて日本には親(尊属)に対する犯罪は極刑という規定もありました。もうお分かりかと思いますが、この国では、家族を単位として考えることから、親には子供の権利を制限したり、しつけという名の暴力をふるうことが是認されています。憲法ではそうはなりません。しかし刑法や民法にはまだそういう規定が残されています。「伝統」を重んじる方々は、家長制度に則ったそうした規定を重視しようとします。その結果が何を生んだか。私たちはこの国の在り方を個人単位という基本から考え直す必要があるとは思いませんか。