20190728 熊井泰明

 

なぜ日本に女性の「管理職」が少ないか

 

 

 

 国際労働機関(ILO)によれば、日本の管理職に占める女性の割合は12%とG7諸国のなかでは最低で、アラブ諸国の11%に並ぶ低さでした。ILOは共通の課題として、女性が家庭内で育児や介護などの無給の仕事に追われていることを挙げているようです。これはこれで正しいと思いますが、日本についてはもう少し別の問題があるように思います。

 

 伝統的に日本企業で管理職として選抜されるのはどのような人でしょうか。もちろん専門知識や成果で抜擢される人はいます。しかし、実は日本の大多数の管理職は特定の職場のプロに過ぎないことが多いのです。根回しがうまく、会社の隅々まで人脈を持っている。ひとつの職場での調整能力に長け、他の場所に移ったら全く役に立たないスキルです。

 

 その「キャリア」を形成するにはどうするか。一言でいえば「社畜」になることです。上司が帰るまで職場を離れない。その後は、同じ職場の人間と飲み明かす。休日は同じ人間たちとゴルフに行く。休暇を取るなんてとんでもない。家族を犠牲にして会社のためと忠誠心を見せる。仕事は失敗しなければ良い。往々にして仕事をやる人には失敗がつきものなので、あとで「あいつはあそこで失敗した」という評価がつきまといます。営業で成果を上げると「営業の神様」などと言われて管理職としては評価されず、「社畜」に勝てないのです。

 

 「いや、そんなことはない」という反論はもちろんあると思います。そうでない職場も増えつつあることは認めます。しかし、組織と人材の劣化が日本企業全般の劣化を招いていることは事実だと思います。世界の大企業100社に入るのはトヨタだけ。半導体やディスプレイ分野上位からは昨年全ての日本企業が姿を消しました。(「それは世界の基準が間違っている」という人がいますが、でしたら以下は読んでもムダです)

 

 「日本の女性に管理職になる覚悟があるのか」という人がいますが、その多くは「社畜になる覚悟があるか」ということだと思います。いま女性の管理職となっている方々は、それに染まらず、実力を認められ抜擢された女性だと思います。しかし、そういうバカげた表現で力のある女性の未来を閉ざしている「社畜」のなんと多いことか。

 

 最近、印象的だったのは、これまで女性を門前払いしてきた医大が、その方針を改めた結果、女性の合格者が飛躍的に増加したことです。受験者の男女比などの情報はないので分かりませんが、窓口を広げれば意欲と能力のある人はもっと集められます。日本の生産性が低い理由のひとつは、不要なプロセス(大部分は会議)にたむろする輩が多すぎるからで、やめてしまえば良い。つまり、日本企業の業務プロセスを根本的に変えれば良いのです。

 

 ただ、この過程で「職場のプロ」に過ぎない人材ははじき出されるでしょうから、抵抗は相当大きいと思います。しかし、いくつもの大企業が不祥事や巨額の損失で消えていることを考えると、変われない企業は消滅せざるを得ません。女性管理職の問題の背景には、日本企業の象徴的な病理が横たわっています。変わるか、滅びるか、どうしますか。

 

                     ©Yasuaki Kumai 2019, All rights reserved