「わたし、定時で帰ります」-残業しないで生き残る-

 

 

 

話題の「わたし、定時で帰ります」(朱野帰子作)を読みました。私の場合は、0歳と1歳の年子を育てるために、5時に退勤し、帰りのエレベーターの中で、冷蔵庫の中身を思い出し、献立を考え、その日の買い物を考え、年子を迎えに行って、帰宅後一人はテレビをお守りに、一人をおんぶしながら、料理・洗濯・翌日の準備をしていました。この本の主人公の東山結衣は、IT企業で働く独身女性32歳。7時までのハッピーアワーのビールを目当てに、定時で退社する。勤務中は効率性が抜群に高い仕事をします。この違いは、私の場合、男女雇用機会均等法成立前に就職したせいと言えます。待遇は同じでも仕事に対する男女の姿勢が明らかに異なっていたのです。私はそもそも大した仕事がなかった。この主人公は信念をもって、定時退社をしているが、企業活動としての利益追求のために、サービス残業をしても仕事に打ち込む同僚の「休みなく仕事に没頭することで、自分が成長する」というような言葉に反発しつつも、自分の意志で解決を求めようとしています。

 

1985年に雇用機会均等法が成立すると、女性が男性並みに働かない場合は一般職か、非正規労働者になるケースが増えてきました。就職した後に「女性にも男性並みに働くチャンスを与える」という同法律ができ、突然、男性同様の総合職になってしまった私は、1年間の研修に手を挙げ、海外駐在に子供を二人連れていくという境遇に自らチャレンジしました。赴任地のシンガポールは男女ともに社会で働き、さらにメイドや外食文化の助けもあり、お金という付加価値を生み出さない専業主婦はほとんどいないということを発見しました。

 

帰国後は、姑の力を借りながら、子育て・家事をやりくりし、仕事も残業しないことを原則に多様な業務を経験し、35年間働いた一つ目の勤務先を5年前に退職しました。その職場自体が残業のない素晴らしい環境なのではなく、多くの男女が終電か深夜タクシーを利用していました。海外との時差もあり、突然降ってくる親元の役所の要望にも真摯に応えていました。当然、残業をしない私の昇進はないものと思っていたのですが、女性初の部長職となりました。女性管理職の比率を上げるべく、女性活躍推進が言われていますが、今や女性には、家事・子育て・介護・管理職の新4Kが求められています。そんなスーパーウーマンになりたくない私は、適度にさぼり、適度に逃げて生きてきたかもしれません。

 

 

 

2019.5.30 大砂雅子