20190616 大砂雅子

 

「わたし、定時で帰ります」誰が家事・子育てをするか?

 

 

 

 テレビの「わたし、定時で帰ります」はいよいよ大詰めを迎えています。結衣ちゃんは料理が得意でないようですが、婚約者はマメに料理を作り、よく気が付きます。さてこの二人はどうなるのでしょうか?最近の若い夫婦は家事を二人でしているようにも思いますが、できれば、男性が外で稼ぎ、女性は家を守る方がいいと思っている方も多いです。結婚してみて初めて、役割分担と能力の違いに気づいたカップルも多いように思います。

 

再びシンガポールの話をしましょう。高校生の長女と中学生の長男を連れての単身赴任でした。夫は日本で留守番です。シンガポールの一般家庭には、フィリピン人かインドネシア人のメイドがいます。マンションには、キッチンの横にメイド部屋があります。赴任半年後にフィリピン人のマリリンを住み込みのメイドとして雇用しました。日本食など食べたことないマリリンに日本の家庭料理を70種類教えました。カレーライス、コロッケ、みそ汁、きんぴらごぼう、五目御飯、おでん、酢の物等。ついでにひらがなを教え、朝冷蔵庫に日本語のメモを貼っておくと、夕食に和食ができているわけです。朝は子供たちの弁当も作ってくれました。それから掃除、洗濯、犬の世話。給料は、月額350S$。同額を人頭税として払います。食費込みで、月額約8万円程度の負担でした。マリリンが家事の大半をやってくれたことは事実ですが、それでも日本食スーパーに買い出しに行き、メニューを考え、学校や塾とのやり取りや、子供に向き合うことは私の担当でした。家庭の仕事を50分割するなら、20くらいは私がしたことになります。

 

そして本部勤務の後、女性初の部長職になるのですが、これも前任が不幸にも病没したというめぐりあわせでした。その後、ソウルに勤務し、自らの意思で退職し、今に至っています。決して順風満帆の人生ではありませんでしたが、運がいいのか?根性があったか?

 

もう一つ言うなら、姑を味方に付けたことでしょうか?

 

同居当初は、姑は荷下ろし症候群で、病院に付き添う状態から始まりました。状況はマイナスでした。そのうち夫が家事を分担していると「あなたは、男が台所に入っていやじゃないの?」など聞かれました。いい子の私は「そうね」と応えていました。当時DINKSという言葉がやはりました(Double Income No Kids の略)。子供のいない夫婦が二人で稼いで人生を楽しんでいるというバブル時代の言葉ですが、私の場合は、DIOBTK言っていました。つまりダブルインカム・ワンババ・ツーキッズですね。ただ、賢い姑は我が家にはそのような余裕がないことを理解し、最強の家事・育児能力を発揮してくれるようになりました。そして大学院の面接の日の朝には「がんばっておいで」と送り出してくれました。今は、実の母以上に同じ時間を過ごし、母娘のような状況になり、さらに他のジジ・ババが、亡くなった後に、ただ一人、ひ孫二人と会うこともできました。

 

夫はというと、本人は他の男より家事も育児もやったと言っていますが、今の「パパのゾンビ化(死んだと思えば気にもならない)」よりは多少マシだったかも。上司に一杯付き合えといわれて何時に帰ってくるかわからない生活で、自分の子供の世話をしなかった分、孫の世話には責任を取ってもらいましょう。

 

 

 

 大砂雅子