20190917 熊井泰明

 

「インフラも人間も、老朽化する日本」

 

 

 

 大学時代から続いている仲間がいます。いや、いました、というほうが正解かも知れません。いつの間にか男性は私を残して病死しました。そして残った女性全員と私が親の介護で悩んでいます。これが日本という国のひとつの縮図です。

 

 先日、ある場所を訪ねて山中を運転したことがあります。その時、もしもここで事故を起こしたら助からないかも知れない、という想いにとらわれました。危険な道というだけでなく、周囲に人家はなく、通行する車もほとんどないからです。発見されたときにはおそらく手遅れでしょう。携帯は圏外、もよりの病院も相当遠くにあり、ドクターヘリが下りられる場所も見当たりません。

 

 国土交通省によると、2040年には全国1,799の市町村のうち、若年女性人口が5割を切る「消滅可能都市」は896にのぼり、うち523は人口1万人を切ると予想されています。2020年には日本の全女性の過半数が一般に妊娠可能と考えられている50歳を超えます。2024年には「団塊の世代」806万人が75歳以上の後期高齢者になります。一人の女性が生涯に産む子供の数を示す合計特殊出生率は1.43です。2人のカップルから産まれる子供の数と言い換えても良いでしょう。

 

 ここからは都会に住む人間のあまりに一方的な発言だ、と謗られても仕方がないかも知れません。それでもあえて提言したいと思います。一定の人口数を割った限界集落からは住民に移動して頂き、新たな統合を行うべきではないでしょうか。限界集落の人口を再生するのはほぼ不可能です。広域に拡散した高齢者を支えるのは極めて困難でしょう。巨額の経済的負担が必要ですし、経済的自立の手段も十分ではないからです。さらに高齢者に自立を求めるのは現実的ではありません。交流人口を増やす、という方法も考えられますが、地域を支える力はありません。既存のインフラを維持することに力を注げば良いでしょう。

 

コンパクトシティ構想というものもありました。富山と青森が有名ですが、いずれも成功とはいえません。富山は交通の整備を軸に、その周辺に居住者を集めていくという発想でしたが、住み慣れた土地から移住するだけのインセンティブを提供出来ませんでした。青森は行政が考える地域の構図と、実際に市民が生活基盤とする構図の違いで挫折しています。

 

  高齢化に伴う地域コミュニティの崩壊は「今、そこにある事実」です。それに対しては、多分、政治や行政は無力です。民間デベロッパーなどに委託する方法もありますが、事実を積み上げて整理統合の方向へ向かわせてしまう政策も動き出しています。昨年、水道事業が民間に公開されました。ビジネスとなるとへき地ではコストを維持するだけでも膨大な料金になります。人手不足でプロパンガス配達料金が高騰することも考えられます。今回の台風は原子炉廃炉などのために資金が必要な電力会社の問題点も明らかにしました。社会インフラが立ちいかなくなれば、そこには人が住めなくなります。そういう形でこの国の多くの町が消えていく可能性も視野に入れる必要があるかも知れません。