20200420 熊井泰明

 

コロナ混乱:おかしな言葉が氾濫する理由

 

 

 

 「自粛を要請する」もしも誰もこの言葉に違和感を持たないとしたら、私たちの言語感覚は相当おかしなことになっています。自粛は自らの判断でつつしむこと。他人に要請されるものではなく、とんでもない矛盾です。

 

 「自己責任」これは日本語だけの表現です。何も「自己」をつけなくても「責任」とは人が引き受ける任務のこと。多分、多くの日本人が自業自得と間違えて使っています。

 

 「発出」この言葉は初めて聞きました。いつ使われたかというと、48日の「緊急事態宣言」です。つまり何かが空から降ってきた、と印象付けたかったのでは、と思います。そうでなければ「発令」などの言葉を使うのが普通でしょう。

 

 これらの言葉の背景にあるものは、将に首相自ら言ったように「(政権が)責任を取れば良いというものではない」、つまり政府には責任は一切ないよ、という宣言だと思います。そう考えれば朝令暮改の政策混乱の理由も明白です。

 

 今回のコロナウイルスによる経済的影響は、まず「弱者」に出ています。アルバイトで生活を支えていた大学生たち、簡単に雇用を打ち切られる非正規労働者、零細な店を支えていた個人事業主など。これらの人々は「手を挙げたらあげる」10万円の枠組みからもこぼれ落ちる可能性があります。

 

 現政権が拠り所にしているネット世論は、こういう人たちに極めて冷たいことはご存知かと思います。これまでも指摘して来ましたが、こうした弱者は政策によって作られた存在です。国際的にみてあまりに少ない教育予算のしわ寄せは家計に向かいます。日本人を「要る、いても良い、いなくても良い」に分けたのは政府と経営者たちです。

 

 いま、私たちに問われているのは、多くの人を切り捨てるのか、それを何とか食い止めるのか、という選択ではありませんか。前者を選べば、次はあなた自身が切り捨てられる存在になる覚悟をしたほうが良いでしょう。世にはびこる醜悪な言葉に敏感になれば、それが見えてくると思います。