20200629 熊井泰明

 

社会意識のどんでん返しはあるか?

 

―ハリウッド映画から考える「紳士」のうさん臭さー

 

 

 

ハリウッドは気付いている

 

 ブロードウェイから消えたミュージカルに「マイ・フェア・レディ」という作品があります。原作はバーナード・ショーの戯曲「ピグマリオン」で、ご存知の方も多いと思いますが、ジェンダー的視点に立てばこれは確かに相当にアブナい作品です。

 

最近では人種問題に抵触する作品が過去に遡って排除されていますが、こうしたジェンダー問題に無神経な作品もかなり性格を変えています。ディズニーの最初の長編アニメ「白雪姫」(1937)は、冒険とはうらはらに「Someday My Prince Will Come」で終わってしまいます。ところが実写版(2012)では武術を身につけて貧しい国民を救うために立ち上がる、という展開でした。「アリス・イン・ワンダーランド」(2010)では、冒険の旅を終えたアリスは実業家として対中貿易に乗り出します。最近では、「アナ雪」にしろ「スターウォーズ」にしろ、主人公は主体的に人生を切り開こうとする女性たちです。

 

 

 

変われない男たち

 

 では、男たちはどうかというと、マーベルやDCのヒーローは基本的に普通の人間ではありません。多いのは大人になり切れないで悩む男たち。60年代型のヒーローたちは、お金と車と女性を従えてありえない行動に出ていましたが今や絶滅危惧種です。男たちの混乱の原因は、モデルとなる男性の存在がいなくなったためだと思います。昔は、例え資産や身分に恵まれずとも、ノブレスオブリージュ(高貴なる義務)を実践する人がいました。それが、いつの間にか「小さな親切、大きな下心」のような紳士面の輩ばかりが目立つようになりました。「女性を大切にする」という発想自体、女性差別の根源なのかも知れません。手を差し伸べるなら性別は関係ありません。ジェンダー問題を考えるたびに、実は本当の危機にさらされているのは世の男たちの方ではないかと思うことしきりです。(熊井)

 

 

 

熊井先生のおっしゃる通りと思います。近頃、男性たちもつらそうですね。ジェンダー問題を一歩超えて、どんな人にも優しくできるかが問われていると思います。これまで、「女性活躍後進国」の中で、家庭と経済の犠牲になってきた日本の女性たちには、多様性のある機会均等の社会を望みたいです。(大砂)