20191023 熊井泰明・大砂雅子

 

「ボーッと生きているオジサンの大量生産-ラグビーに見る多様性―」

 

 

 

 ラグビーの日本チームの活躍に日本中が熱狂しました。そして国籍は違うが一つになって闘うというチームワークの根底には、徹底的なコミュニケーションがありました。日本人なら言わなくてもわかる(=空気を読む)という状況を排除したと思います。日本における多様性とは、日本人男性壮年期を中心とする社会で、女性・若者・老人・外国人それぞれ(もちろん、障碍者もLGBTも)が違う価値観を尊重しながら、物事を進めることです。

 

 一時は大流行した「日本人論」を見かけなくなって、書店には「ニッポンチャチャチャ本」が平積みになるようになりました。自分を客観的に見直すことを放棄したのでしょうか。

 

 日本人とは何者か、を考えたさきがけは、おそらく新渡戸稲造の「武士道」(1900)だと思います。西欧には騎士道、日本には武士道があり、高潔な生き方を模索する姿には共通するものがある、というその主張は、日本の特殊性を排したグローバリズムの先駆けと言えるでしょう。日本人論では、米国の占領政策のために発表されたR.ベネディクトの「菊と刀」(1946)の「罪の文化・恥の文化」が有名ですが、その後も中根千枝の「タテ社会の人間関係」(1967)などいろいろなキイワードで日本を考える試みがなされてきました。

 

 ただ、ベネディクトや中根は「こうである」という分析はしたものの、なぜそうなったのかという歴史的な考察には欠けている、という批判があります。これに対するひとつのヒントとなったのが、経済学からは野口悠紀雄の「1940年体制」(1995)、経営学からは戸田良一、野中郁次郎らによる「失敗の本質」(1991)などがあります。最近では、社会学から考察した小熊英二の「日本社会のしくみ」(2019)が秀逸だと思います。

 

 例えば、西欧は狩猟社会、日本は農耕社会、という直感的には分かりやすい分類をする人がいます。しかし、日本にも狩人はいましたし、西欧でも農業は盛んです。「日本人はこうなのだ」という言い切りは分かりやすいが科学的とは言い難いでしょう。現代の日本人はなんらかの歴史的な過程を経てこのようになった、と考えて良いと思います。

 

 野口が指摘したのは戦時体制が現在の経済政策や会社経営に反映されていること。昭和の高度成長期には大変都合の良い仕組みでした。それが石油危機、バブル崩壊を経て日本経済が本質的に変わっても考え方は変わっていないことを指摘しました。同じことは「失敗の本質」でも指摘されおり、これがビジネスマンの必読書とされる所以です。小熊は「カイシャとムラ」という単位が日本の社会保障、会社経営、教育に至るまで影響を及ぼしていることを指摘しており、大変鋭い指摘だと思います。

 

 私見を含むことをお断りしておきます。私たちが「あたりまえ」と思っている「日本人像」はこの100年以内、起点を明治維新としてもたかだか150年以内に形成されたと考えます。人口が増加し経済が拡大を続ける中では、それは合理的な選択だったかも知れません。ところが1973年の石油危機、1991年のバブル崩壊で高度成長神話は終わり、さらに人口減少に伴う問題が次々と現実となる時代には新しい構想(グランドデザイン)が必要です。しかし、過去のシステムのなかで生きてきた50代以上がそれを認めるには、既得権を手放して裸になることを覚悟しなければなりません。それが出来るのは極めて少数です。かくして過去にしがみつき変化を拒絶する人間の大量発生を招いていると思います。

 

 あの戦争でも、あの大震災でも日本人は変わろうとしませんでした。変化を受け入れるか、緩慢な死を選ぶか。若者たちはどう考えているのでしょうか。