20200501 大砂雅子

 

地方の女性のその意識が、地方の衰退を招く

 

 

 

428日付け北陸中日新聞の読者投稿欄「すくらんぶる」に以下の記述がありました。

 

「私は管理職を目指してみないかと打診を受け、現在迷い中だ。今より職務の範囲や責任が重くなるのは当然だが、家族のためにやっていることが変わらずできるのか、家族に迷惑や寂しい思いをさせずに昇進できるのか、答えはまだ出せていない」(金沢市女性、42歳)

 

私の母は、昭和5年生まれ、専業主婦から弟の手が離れた頃に仕事を始めました。帰宅後、一人で家事をこなしていました。家族はそれが当然と思っていました。私も弟も都会の大学に進学し、母が62歳で亡くなった後に一人残された父は、途方にくれました。母の時代は子育て、家事、介護、は女性の仕事と思われ、就職しても専門職でない限り、男性の補助職、家計の補助程度の仕事でした。それはもう40年以上前の社会意識と思っていましたが、金沢では未だにこの投稿者のような方が多い。石川県の女性管理職比率は県別で43位と低位(北陸経済研究所:富山36位、福井42)。金沢に帰ってきて、世界から30年遅れている。と思っていたのは間違いで、ずばり40年遅れているのではないでしょうか?人生100年時代、先回りして家族のためにすべてをやってあげ、さらに女性活躍の要請もあり、管理職も要求されています。女性には、ある時期に出産を選択できることがあります。これも自由と思いますが、その後、家族がするかお金で解決できる、子育て・家事まで自分の仕事と思いこんでいませんか?人生100年のうちの、わずか10年から15年のために、自分の人生のいろいろな可能性を摘んでしまっていいのでしょうか?そして自分を犠牲にして生きてきた母に感謝こそすれ、娘は自分の可能性を試すために、窮屈な地方を出て、都会に行ってしまいます。窮屈の意味は、就職しても女性はいずれ結婚して、管理職になることに躊躇する。という先入観が現実味をおびて、この投稿者さんがコメントしています。家庭では各個人の人生を尊重し、職場では女性に管理職になることが当然の道筋を準備すべきです。この方の二つ目の心配は仕事の負担が増すことです。このコロナ騒動で、政治も当てにできず、男性に頼る生活自体が危機的状況です。各人が経済的に自立する方法を持つべきことを痛感させられます。そして男性中心のなあなあの営業と忖度のシステムが音を立てて崩れようとしています。テレワークで交渉し、透明性をもってビジネスが成立することがわかってきました。そして都会に目を向けてみましょう。保育所不足や、教育費、住宅費が高く、二人目の子供を持つことが困難です。その結果、日本は少子高齢化に突入しています。

この投稿者さんに言いたいです。「あなたが家族のためにやっていることは、現実から逃げている。自分の可能性にチャレンジしつつ、家族が自立することを支援することが、家庭の役目なのです。そしてあなたの行動が、子供たちの未来を壊しているかもしれない。」