20200209 熊井泰明・大砂雅子

 

「女性ならでは」の視点とは誉め言葉か

 

 

 

 大学教授になって6年が経過しました。企業や自治体や関係機関の会議によく参加します。女性の比率を高めたいようですが、参加要請の時に「女性ならでは」の視点で、と依頼されます。私の場合は、「グローバル化と地域経済」の観点から意見を申し上げるのですが、「女性ならでは」の意見だと褒められることがあります。この違和感を熊井先生がうまく分析してくれました。若者たちが「就社」ではなく、真の「就職」ができる社会がくるのでしょうか?(大砂雅子)

 

政治家や昭和の残党のような経営者が好んで使う「多様性」という言葉。特に「女性特有の視点」などという言葉を聞くと、これはダメだ、と思うことしきりです。この問題を経営学理論から考えてみることにします。

 

 実は多様性を取り入れた「ダイバーシティ経営」なるもの(これは英語でも学術用語でもありません)が経営効率を上げるかについては、定説はありません。効率性を重んじるのであれば、均一(例えば同一国民の男性のみ)のほうが望ましい、という研究結果もあります。

 

 それは、特に日本における「多様性」がデモグラフィー(性別、国籍などの属性)に基盤を置いているからです。これで多様性を目指すと何が起こるか。組織の中にフォルトラインという断層が形成されます。つまり、同じ属性の人間たちがグループを作って群れることが起こります。例えば、私が駐在していた当時の米国では、日本人は現地の社員と交わることなく、日本と同じように残業をこなし、休日には家族を放り出して会社の日本人の同僚とゴルフ場通い、というようなことが起こります。結局、米国に居る理由はありません。

 

 これに対する考え方がタスク(業務)型多様性です。私が従事していたアナリストという仕事の目的は個々の企業の価値評価です。そのために多彩な研究分野、職務経験などを持った人間が集まって来ます。そうなると国籍や性別は意味を持ちません。

 

 これをさらに進めると複雑な次元の組織が出来上がります。例えば同じ目的のために、米国大学卒で40代のシンガポール人、欧州の大学で学んだ20代の日本人、日本の高専でプログラミングを学んだベトナム人が一緒に働く。これがタスク型多様性です。うまく動かせればこれが最も効率性の高い組織になります。ハードル高過ぎですかね。

 

 残念ながら、日本ではこうしたタスク型のキャリアモデルは一般的ではありませんでした。大卒で同じ時期に自分の専門とは無関係の企業に就職し、異動をこなしながらジェネラリスト、つまり70点平均の何でも屋さんになる。「私」という一人の人間としてではなく、〇〇会社社員というアイデンティティに飲み込まれてコモディティ化する。コモディティ化とは性能や品質が均一になった結果、価格だけが競争要因になる例です。例えば液晶テレビ。ですから海外から人を入れようというとき、なによりも給与水準の低さにしか目が向かない企業のなんと多いことか。で、名もなき「社員」だけが大量生産される。

 

 これからの成長を目指すなら、複雑な多様性モデルを持った組織を作らないと、低い利益率で無理な売上げ拡大に躍起になるだけで誰も幸せではない会社を作り続けるだけです。ただ、特に若い人の失業率が上がるのでは、という懸念があることは指摘しておきましょう。

 

もうひとつ大切なこと。社員の属性は関係ありません。個人として成果を発揮すれば良いわけですから、そのために個人の生活と人生を大切にできる環境整備が必要です。世界で最も自己肯定感が低いような国民ではいけません。ハードルは高いですよ。でも、そのハードルを越えないと、私たちは幸せになれないと思います。(熊井泰明)