20211123 熊井泰明/大砂雅子

校則を廃止すれば日本の将来は明るくなる  

―生徒と教師が校則を見直し始めた-

 

 今朝のNHKで、どこかの高校で生徒が市民にアンケートを取り、教師と一緒に校則を見直す活動を開始していると報道していました。これまでの常識に疑問を持つ素晴らしい行動と思います。

 中高年の方々と話をしていると多様性について総論賛成各論反対の意見を多く聞きます。そんな時代に生きてこなかったのでしょうが、確実に世界は変わっています。私の出身高校は、地方公立高校でしたが、50年前から「げた履きだけ禁止」しているようなゆるい高校でした。(大砂)

 

 その昔、米国人の友人が「あれは軍事教育なのか、犯罪者の校正プログラムか」と聞きに来たことがあります。甲子園の高校野球です。単なる野球大会、と言うと「でも全員が丸刈りで一糸乱れぬ行進をしていた」と首をかしげるのです。私たちがある国の軍事パレードに抱くのと同じ違和感を持ったようでした。

 

下着の色を検査する

 ブラック校則をご存知ですか。有名なところでは、地毛を黒髪に強制的に染髪させる、地毛証明を提出させる、運動中の水飲み禁止、下着の色の指定とそのチェック、など。最後の例は変態じみていますが、これが結構多いとか。他にも、寒くてもマフラー禁止、暑くてもあおいではいけない、など意味不明なものが多数存在します。その理由を聞いても「規則だからだ」で済まされ、「内申書で不利になるぞ」と匂わされる。学生たちは「何を言ってもむだ。黙って従うしかない」と絶望するようになり、これが小学校から高校まで12年間続けられます。

 

自主性と多様性を憎む教育者

 

 根本的な原因は、教育者の多くが自主性や多様性を憎んでいるからだと思います。昔、ある経営セミナーで、講師が社員の自主的な行動を促すように言ったところ、一人の男性が激高して「私は校長だが、自分でものごとを考える学生がどんなに面倒な存在か、お前に分かるか」と怒鳴ったという、有名な例があります。日本の教育は育てるのではなく、いまだに金太郎飴の大量生産が目的です。そのためには理不尽な規則でがんじがらめにする真空地帯を作る。これでは変化に立ち向かう人間が育つわけはありません。有能な人材が育つ学校の規則は極めてゆるい傾向があり、ある有名な私立進学校の禁止事項は「下駄で登校しない」程度だとか。後は放り出して学生が自分で判断する、させる教育です。(熊井)