2019.5.27 大砂雅子

経済学「比較優位」から見た男女の役割分担 

比較優位とは、人間同士または国同士が分業し、生産性を上げるために考えられた、2者間の効率性を比較したもの。他の事に労力や時間を振り向けたならば得られたであろう最大の利益(機会損失)が最小になるように分業し、生産性を最大化させる考え方で、誰にでも当てはめて考えることができます。(経済学はみんなの味方より:https://ss-wd.com/articles/glossary/147/

リカードの「比較優位」は国際貿易における、英国とポルトガルの毛織物とワインの関係で説明され、P.サミュエルソンは、「弁護士と秘書」の関係で説明しています。

優秀な弁護士はあらゆることができる。タイピング能力もあるが、高給を稼ぐ弁護士より、秘書がタイプをする方が効率的であるとの理論です。

戦時下から戦後に至る日本の男女役割分担を考えてみましょう。大量生産・大量消費の時代、技術力もあり、円安基調で日本は、経済成長を謳歌しました。健康な男子が基本となる社会基盤の上に、男女は結婚し、子供を作るものとの前提で、男性が企業で働き、女性がそれを支援し、次なる労働者を育て上げることを社会の基礎と考えてきました。

その段階では、体力のある男性が、お金を稼ぎ家族を養い、家事・育児もお金で買えることが前提でした。あらゆる面で男性が優位性を持つが、体力のない女性が、一時的(20歳代から30歳代にかけて)に出産をすることで、家庭のあらゆること(家事・育児・介護)を女性がする方が、女性が家事一般について比較優位があり、男女の分業体制が確立してしまいました。

グローバル化の波が押し寄せ、地方の製造業では男性の賃金は上がらず、非正規雇用、女性のパート労働、外国人労働が増えています。根底となる製造業の拠点が大量生産・大量消費の海外の場に移転しています。

男性が優位とは、「健康な男性が、体力も頭脳も判断力も、女性より恵まれている」との意味なのか?学校時代の成績は、個体差であり、男女差ではありませんでした。コミュニケーション能力も段取りも女性の方が高いように思われますが、百歩譲ってこれも個体差としておきましょう。これまでのリーダーシップは、上意下達。決めたことをしっかりやらせるのが、リーダー。もしコミュニケーションを前提とした個性を引き出すリーダーが求められるなら、男女ではなく、個々人の能力差がリーダーを決めることになるはずです。事実、海外にはたくさんの女性の閣僚や首相、あるいはビジネス界のリーダーが存在します。

日本のジェンダー指数は、149か国中110位。いつまで、戦後の「比較優位」を守ることができるのでしょうか?

 

 

大砂雅子