20201216 熊井泰明・大砂雅子

「脱コル」を知っていますか?-マリー・アントワネットの不幸-

 

 マリー・アントワネットは、「パンがなければ、お菓子を食べればいいでしょ」と行った王妃ですが、ギロチン台の露と消えました。庶民を知らないことで有名ですが、社会を知らないで、自分の生きている狭い世界で、思考停止に陥っているのは、誰も同じです。身近な中年男性から「介護は、女性の優しい手でするものでしょ」と言われたことがありますが、介護は重労働です。姑の入っている介護施設では半分近くが男性介護士です。お風呂に入れる。身体の移動。食事を与える。排泄の世話。とても優しく丁寧に対応してくれています。そして、親の介護をする息子も当たり前になってきました。自分の子供と親の世話は当然と思いますが、他の労働で稼ぎがあるなら、専門家に任せるのが一番の方法と思います。(大砂)

 

 「脱コル」という言葉を聞いたことがありますか。「脱コルセット」の略で、マリー・アントワネットのうように胸をなるべく露出し、ウエストは極限まで絞り、スカートは鯨の骨で作った巨大な構造物で広げる、あんな真似はやめよう、という考え方です。

 

誇張された「性」

 この背景は二つに分けて考える必要があります。ひとつは、この衣装が女性を性の対象として誇張していること。中国のてん足(生まれた時から足を縛って成長を妨げ、歩けなくすること)なども同じですが、高貴な女性はまさに「生むための生物」であり、男性の所属物であり、人としての存在とは認められない。その象徴が、中世の欧州ではコルセットです。

 

他人の目から自由になる

 もうひとつ、これはパンプスやヒールの高い靴の強制はやめて下さいという#KuTuu運動などに通じるものがありますが、誰かの指示や強制、そこまで行かなくても同調期待に応えるのではなく、自分が生きたいと思うライフスタイルを選ぼう、という動きです。性別、社会的役割、そんなものに縛られたくない、ということで最近話題の「男の生きにくさ」にも通じるものがあります。

 言葉のニュアンスからか、男性からは感情的な反発や単なる毛嫌いも多いようですが、当たり前と思っていたことを見直すことで改善できる社会の閉塞感もあります。男性の看護師も、女性の建築現場監督も当たり前になっています。意味のない「常識」を棄てる。そんな意味合いでこの流れをとらえれば良いかと思います。あなたの意識の中に#KuTuuや「脱コル」が根付いてくれれば幸いです。(熊井)