20191205 熊井泰明

 

読解力15位に急落―「よい人」をやめる意味-

 

 

 

 世界中がOECDの学習到達度調査(PISA)に一喜一憂しています。日本は科学、数学では比較的高い水準ですが、読解力で大幅に後退しました。これが例題です。「モアイ像で有名なイースター島には大規模な森林があったはずだが、現在では消失した。以下の資料から、ネズミの食害か、乱伐の結果か、あなたの答えを出しなさい」(124日朝日新聞「天声人語」より)どうです、コンピューターの画面と向き合った高校生は混乱したと思います。

 

 なぜ混乱したのか。多分、あなたも困ったでしょう。それは「求められる正解はなんだ」と考えるからです。実は「これだけの情報では結論は出せない」でも、検討の過程が正しければ正解なのです。私自身、学生と向き合って分かったことがあります。彼らは期待される正解に至ることだけを10年以上求められてきました。大切なのはその過程なのに。

 

彼らがまず聞いてくるのは「なんて答えれば点をくれますか」です。今年の流行語大賞はOne Teamだそうですが、本当はこれにWith Diversity(個性に支えられた)を入れないといけません。日本の教育の根本的誤りは、個性を伸ばすのではなく、型にはめることを主たる目的としていることです。ここから抜け出さなければ、誰かあるいはAIに使われ消費されるだけの人間になります。とりあえず12歳までは全ての「四角くて光るもの」を捨て、本を手にして自ら学び考える習慣をつけることだと思います。

 

 日本の産業組織は「金太郎飴」的人材を望ましいとして来ました。昭和はそれでも良かった。本当は平成に変わらねばいけなかった。しかし、ついに経団連も年功賃金を捨てることを表明しました。金太郎飴は不要、とんがった人材求む、ということでしょう。ただ、経営層の大半は金太郎飴の残りものですから、これからの日本企業は大変だと思います。

 

 それはさておき、私たちは何を心掛ければ良いのか。それは日本に大量にいる「よい人」をやめることだと思います。簡単に要素を2つに絞りましょう。「仕事の遂行能力」と「アピール力」です。能力が高く、アピールの出来る人はデキる人で、仕事のリーダーとしても有能です。ただし、能力が低いのにアピールばかりする困った人もいます。能力もアピール力も低いのは新人で、これは将来に期待しましょう。問題は能力が高いのに自己主張ができない「よい人」です。割合はデキる人2割、困った人+新人2割、よい人6割、でしょうか。日本を支えているのは「能力が高く従順なよい人たち」です。

 

 「よい人」は能力もありますが、それを利用されてしまう。私は多くの女性がこの「よい人」にされているか、あるいはなっているのではないかと思います。デキる女性はアピール力も(もちろん努力も)強烈です。そうなるには個人的な資質の問題もありますが、すくなくとも深く静かに「よい人」をやめることは心掛けたほうが良いと思います。大丈夫です。時代は変わらざるをえないところまで来ています。だから自暴自棄にならず「よい人」をやめて「深く静かに」自分の武器を磨き続けることです

 

 子供(や孫)も「よい子」にするのはやめましょう。親は大変ですが、ね。