―ガネーシャの憂鬱― 20190909

 

金融講座.17 「AIに勝つ方法を教えます」

 

 

 高校の国語で「文学」を選択科目にする方向にあるそうです。817日付朝日新聞「天声人語」で、何を国語で学ぶかというと、「行政マニュアルの読み方」や「駐車場契約書の理解」だそうです。

 

 シンギュラリティという言葉を聞いたことがありますか。これは、AI(人工知能)が学びを進めて人間を超えることで、現時点では2045年頃と言われています。人にしか出来ないスキルがない限り、仕事もAIに置き換えられ、ケンブリッジ大学のレポートでは、例えば会計士や弁護士のような専門的と思われている仕事でも生き残る余地は少ないそうです。まあ、現在でもバーコードで読み込んだ情報は即座に会計情報に転換される訳ですから、会計士の生き残る余地は粉飾決算くらいしかないかも知れません。

 

 では、人にしかできないスキルとは何でしょうか。それは美学や哲学といった分野です。海外のビジネススクールではリベラルアーツ(一般教養)教育に力を入れる例が増えています。AIがどう頑張っても多くの人の好みに合わせる程度が限界で、美しいものは理解できません。そこまで見越してのリベラルアーツです。そうした中で、日本だけがひと昔前の米国型教育を追及しているのは、大変気になるところです。

 

 以前、三角関数など学んで何になる、という発言が話題になったことがあります。実際には対数の考え方が分からないと統計は読めず、三角関数が分からないと山の高さすら割り出せなかった防衛庁二の舞ですし、微積が分からないとセンサーコントロールは無理です。これらが分からないで出来る仕事は政治家くらいでしょう。

 

 先日も高校の先生が、かつては平均値をピークとしたなだらかな山のような分布だった成績が、「分かる」と「分からない」に二分される谷型分布になった、と書いていました。これでマニュアルの読み方のような国語教育になったら、何がおこるでしょうか。マニュアルはAIが支配します。ですから、マニュアルに従って商品の梱包や配達をする、ような仕事になるのでしょう。

 

 それを拒否するには、大量の書籍を読み、美術や芸術に精通し、感性を磨いてAIを使いこなせるようになる必要があります。それが出来るのはお金に恵まれた上・中流家庭であり、ただでさえ高額な教育費を支出することが可能な一部の家庭だと思います。「マッドマックス」や「北斗の拳」などいろいろなSF映画やアニメでおなじみの、隔絶された理想郷と荒廃した大部分の世界、そんなものが出現する前兆かも知れません。

 

 日本は江戸時代から市民層が「読み書き算盤」を身につけ、市井の人々ですら古典を手にするような民度の高い国でしたが、ついにそれが崩れる時が来たように思います。今からで、も遅くはありません。若者も、かつての若者も、生き残りたければ古典を読み、美術館に通いましょう。

 

                              ©2019Yasuaki Kumai, All rights reserved